残置物の処分に関する特約について

 建物賃貸借契約においては、賃貸借契約が終了した際に賃借人の承諾を得ることなく賃貸人が残置物を処分できる旨の特約が設けられることがあります。このような特約がある場合、賃貸借契約が終了すれば賃貸人は建物内に立ち入って残置物を処分することができるのでしょうか。
 この問題ついて判断している裁判例がいくつかございますので、ご紹介したいと思います。なお、以下で紹介する裁判例を読む際には、①建物に関する賃借人の占有、②残置物に関する賃借人の所有権という2つのポイントに着目し、①②をきちんと区別しながら読んでいただけると、理解が深まると思います。

東京高判平成3年1月29日判例時報1376号64頁

無断で立ち入り、残置物を処分することは違法となる可能性がある

男性弁護士
男性弁護士

賃貸借契約は終了しているものの、賃借人による任意の明渡が行われていない状況において、建物に新たな施錠をするとともに、無断で立ち入って残置物を処分した事案で、①建物に関する賃借人の占有に対する違法な侵害、②残置物についての賃借人の所有権に対する違法な侵害であり、自力救済に該当すると判断しています。

本件建物に旋錠するについて控訴人が承諾したことはなく、しかも、本件建物の内部には控訴人がクラブの営業をしていた状態のままに什器備品類が残されていたのであるから、本件建物は依然として控訴人が占有していたものであるところ、被控訴人は、控訴人に無断で本件建物に立ち入って、本件建物内に残されていた物件中搬出して売却することが可能であるもの全部を売却して搬出させ、もって控訴人の占有を排除したうえ、自ら本件建物を占有するに至ったものということができる。このような行為は、不動産に関する控訴人の占有に対する違法な侵害であり、かつ、残されていた物件についての控訴人の所有権に対する違法な侵害であることが明らかである。これらを合法的に行うには、控訴人に対する明渡し等の債務名義に基づく強制執行によることを要するものであり、被控訴人の右行為は、一私人である被控訴人が行った、債務名義に基づく強制執行に代わる行為であって、いわゆる自力執行(自力救済)に該当するといわなければならない。

賃貸借契約書に残置物の処分に関する特約があっても違法か?

賃借人の占有を排除した賃貸人の行為の違法性について

男性弁護士
男性弁護士

この事案の賃貸借契約書には、賃貸借が終了した場合の残置物の処分に関する記載がありました。このような事前の合意がある場合でも、残置物の処分は違法となるのでしょうか?

この裁判例は、残置物の処分そのものの違法性について判断する前に、まず、賃借人の占有を排除した賃貸人の行為の違法性について以下のように判断しています。

 本件賃貸借契約の契約書には、賃貸借が終了した場合につき、借主は直ちに本件建物を明け渡さなければならないものとしたうえで、借主が本件建物内の所有物件を貸主の指定する期限内に搬出しないときは、貸主は、これを搬出保管又は処分の処置をとることができる、との記載があり、これによれば、本件賃貸借契約において右内容の合意が成立したことが明らかである。そこで、この合意が存在することによって、被控訴人の前記行為が違法性を欠くものといえるかどうかについて検討する。
 右合意は本件建物の明渡し自体に直接触れるものではなく、また物件の搬出を許容したことから明渡しまでも許容したものと解することは困難であるから、右合意があることによって、本件建物に関する控訴人の占有を排除した被控訴人の前示行為が控訴人の事前の承諾に基づくものということはできない

残置物の処分に関する合意の意味について

男性弁護士
男性弁護士

そのうえで、残置物の処分に関する合意については、以下のように解釈すべきと判断しました。

什器備品類の搬出、処分については、右合意は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分(例えば、控訴人が任意に本件建物から退去した後における残された物件の搬出、処分)について定めたものと解するのが賃貸借契約全体の趣旨に照らして合理的であり、これを本件建物についての控訴人の占有を侵害して行う搬出、処分をも許容する趣旨の合意であると解するのは相当ではない。

残置物の処分が違法か否かについて

男性弁護士
男性弁護士

残置物の処分に関する合意内容を以上のように解釈したうえで、本件では、本件建物についての賃借人の占有に対する侵害を伴って行われたものであるから、残置物の処分は違法であると判断しています。

被控訴人による前示搬出、処分の行為は、本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴って行われたものであるところ、右合意の存在によりその違法性が阻却されるものではないことが明らかである。

東京地判平成29年1月25日D1-Law.com判例体系29038161

賃貸借契約書に残置物の所有権放棄に関する特約があっても違法か?

残置物の所有権放棄条項の内容について

男性弁護士
男性弁護士

本件所有権放棄条項は、賃貸借契約の終了後に明渡し期日を経過し、賃貸人が10日間の期間を指定しても賃借人が同期間内に本件店舗内の物品を搬出しないときには、賃借人が当該物品の所有権を放棄したものとみなすというもの

自力救済の禁止について

男性弁護士
男性弁護士

この裁判例は、自力救済の禁止について、それが例外的に許される場合についても詳しく説明してくれています。

また、東京高判平成3年1月29日と同様に、賃借人の占有を排除した賃貸人の行為について着目し、所有権放棄条項が「本件店舗の明渡しの自力救済を認めることまで合意したものとは直ちには解されない。」と判断しています。

本件所有権放棄条項においては、本件店舗の明渡し自体に直接触れる定めはしておらず、その文言によって、本件店舗の明渡しの自力救済を認めることまで合意したものとは直ちには解されない。また、自力救済は、原則として法の禁止するところであり、ただ、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解され、上記の範囲を超える場合にも自力救済を許容する合意は、公序良俗に反し、無効というべきである(最高裁昭和38年(オ)第1236号昭和40年12月7日第三小法廷判決民集19巻9号2101頁及び東京高裁平成元年(ネ)第3350号平成3年1月29日判決判例時報1376号64頁参照)。

本件の所有権放棄に関する合意の意味について

男性弁護士
男性弁護士

自力救済について以上のように述べたうえで、本件所有権放棄条項の意味について、東京高判平成3年1月29日とほぼ同様の判断をしています。

本件所有権放棄条項は、本件店舗を任意に退去した賃借人が本件店舗内に物品を残置した場合のように、賃借人の占有を離れた物品について定めたものと解する限りにおいてのみ効力を有すると解するのが相当である。

残置物の処分が違法か否かについて

男性弁護士
男性弁護士

合意の意味について以上のように解釈したうえで、以下のように結論付けています。「原告会社の占有を緊急に排除しなければならない事情は何ら見当たらない」という部分は、例外的に自力救済が認められる場合にも当たらないという趣旨と考えられます。

本件物品が搬出された当時、原告会社は本件物品を含む診療機器等の物品を本件店舗に置いておくことで本件店舗を未だ占有していたものと認められるから、本件物品を被告Y3が搬出することは、原告会社の占有を侵害するものとなり、これは、本件所有権放棄条項によって賃借人の所有権放棄の効力が生ずる場面とは認められない。また、被告らの全主張及び全証拠中には、原告会社の占有を緊急に排除しなければならない事情は何ら見当たらないから、本件搬出行為につき違法性が阻却されるものとは認められない。

まとめ

以上の裁判例からは、建物賃貸借契約の中に建物残置物の処分に関する条項や所有権放棄条項があるからといって、賃借人に無断で残置物を処分することが、法律上、当然に許されるわけではないということがお分かりいただけたのではないでしょうか。
これらの裁判例を見る限り、賃借人が任意に建物から退去し既に建物の明渡を完了しているなど、賃借人による建物の占有を侵害していないことが、残置物の処分について違法となるリスクを軽減するための、ひとつの要素であると考えられます。

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