清算的財産分与における「基準時」の問題

ふたつの基準時

女性弁護士
女性弁護士

 清算的財産分与については、どの時点を基準として、財産分与の対象財産を確定し、評価するかという問題がありますよね。

男性弁護士
男性弁護士

 そうですね。清算的財産分与における「基準時」という言葉には2つの意味があることに注意する必要がありますね。

女性弁護士
女性弁護士

 ひとつは、そもそも財産分与の対象になる財産を確定するための基準時ですね。

男性弁護士
男性弁護士

 そうですね。どの時点で存在した財産を財産分与の対象財産とするかということですよね。この基準時を「対象財産確定の基準時」と呼ぶことがあるようですよ。
 もうひとつの基準時は、なんでしょうか。

女性弁護士
女性弁護士

 もうひとつは、財産分与の対象となった財産の価額を確定するための基準時ですね。

男性弁護士
男性弁護士

そうですね。財産分与の対象となった財産の価額をどの時点で評価するのかということですよね。この基準時を「財産評価の基準時」と呼ぶことがあるようです。

(2) 2つの基準時
 財産分与における清算の基準時という場合、まず、基準時という言葉に2つの意味があることに気を付ける必要がある。1つは、①分与対象財産の確定をどの時点でするかということ(対象財産確定の基準時)で、もう1つは、そうやって確定した具体的資産をどの時点の価格を基準に評価するかということ(財産評価の基準時)である。

秋武憲一=岡健太郎『離婚調停・離婚訴訟(三訂版)』181頁及び182頁(青林書院、2019)

対象財産確定の基準時

女性弁護士
女性弁護士

 そもそも、清算的財産分与は、夫婦が経済的に協力して形成した財産の精算ですよね。

 そうすると、夫婦が経済的に協力していた最終の時点で存在していた財産を対象にすべきですから、原則としては別居時を基準にすべきですよね。

男性弁護士
男性弁護士

 そうですね。

 ただし、家庭内別居単身赴任といった場合には、単純に別居時を基準にするといっても、うまく当てはまらないから、経済的な協力関係の終了時点を個別に検討する必要がありそうですね。

財産評価の基準時

女性弁護士
女性弁護士

 分与の対象となった財産の価額の評価については、現実に財産分与を行う時を基準にすべきですから、原則として、裁判の口頭弁論終結時を基準にすべきですよね。
 でも、裁判で財産分与について財産目録を作成する場合、例えば、預金は別居時の残高を基準に記載して、不動産は口頭弁論終結時の価額を基準に記載してといった感じで、財産の種類によって評価の基準時を変えているように思えるのですが。

男性弁護士
男性弁護士

 そうですね。でも、理屈を言えば、預金についても、やはり、口頭弁論終結時を基準に価額を考えているんですよ。

女性弁護士
女性弁護士

 そうなんですか?では、財産目録に記載するときに別居時を基準に残高を記載しているのは間違っているのでしょうか?

男性弁護士
男性弁護士

 いえ、間違っていません。

 例えば、別居時に1000万円の預金残高があった場合、その価値は口頭弁論終結時においても変わりはなく1000万円と考えられますよね。評価の基準時は、あくまでも、口頭弁論終結時なのですが、金銭の価値自体は、通常、別居時と口頭弁論終結時で変化がないので、便宜的に別居時の預金残高を財産目録に記載しているということにすぎません。

女性弁護士
女性弁護士

 なるほど。ということは、不動産に関しては別居時と口頭弁論終結時では価値が変化していると考えられるので、原則どおり、口頭弁論終結時の価額を基準にするということですね。

男性弁護士
男性弁護士

 そういうことですね。ですので、厳密にいうと、預金についても、貨幣価値に変動があれば、別居時の残高を口頭弁論終結時の貨幣価値に引き直す必要が生じることになるはずですが、極端なインフレやデフレでもない限り、通常は、そこまではしていないと思われるとのことですよ。

預貯金は、別居時の残高で算定するのが原則である。

この場合も、財産評価の基準時は、口頭弁論終結時であるが、金銭の価値自体には変動がないものとして、別居時の残高が示す金銭の価値を口頭弁論終結時の金銭の価値と同視して、そのように算定するということにすぎない。したがって、厳密にいえば、貨幣価値に変動があった場合には、別居時の残高を現在の貨幣価値に引き直す必要が生じることになるはずであるが、極端なインフレ又はデフレでもない限り、通常、そこまではしていないと思われる。

秋武憲一=岡健太郎『離婚調停・離婚訴訟(三訂版)』183頁(青林書院、2019)

具体例を使った説明

男性弁護士
男性弁護士

 以上の議論を、具体例を使って説明してくださっている論文があります。具体的なイメージが持てて、とても分かりやすい解説なので、以下に、引用してご紹介させていただきます。
 なお、引用文の中のアンダーラインは私が引いたものです。

 例えば,分与対象財産確定の基準時に,ある銘柄の株式が 100 株(その時点での 1 株の評価額は 5万円),残高が 500万円の銀行預金が存在し,これが口頭弁論終結時に株式が150株(その時点での1株の評価額は6万円),預金の残高が700万円となっていたとすると,分与対象財産確定の基準時に存在した「100 株の株式」と「額面500万円の預金」が財産分与の対象となる財産として扱われるが,その評価は 口頭弁論終結時の価格で行い,株式については 600 万円(ロ頭弁論終結時の価格 6万円×100株),預金については 500万円(分与対象財産確定の基準時の残高500万円を口頭弁論終結時においても同額と評価する)となる。この点について,不動産や株式についてだけ評価の基準時が異なるかのように説明されることもあるが,不動産や株式は評価額が両時点で異なることが多いのに対し,現金や預貯金の価値が変わるこ と(基準時の額面 500万円の預金が現時点で 500 万円とは異なる価値に変化しているということ)は今の日本の経済情勢 を前提とする限りほとんどないからにすぎず,現金や預貯金についても口頭弁論終結時の評価をしていないわけではない。

蓮井俊治「財産分与に関する覚書」ケース研究329号118頁及び119頁
女性弁護士
女性弁護士

なるほど、原則として、評価の基準時は口頭弁論終結時で、現金や預金についても便宜的に別居時の価額を使っているだけであるということがよくわかりました。

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