事案の概要
平成16年11月20日、X1及びX2(以下「Xら」という。)はYとの間で、Yが設置運営する介護付有料老人ホームAに入居するため、入居契約を締結し、老人ホームAに入居した。本件入居契約には一時金の支払いについて以下ような内容が定められていた。
- 入居時に「終身利用権金」「入居一時金」という名目の一時金を支払うこと
- 入居日の入居をもって終身利用権金は返還しないものとすること
- 入居一時金については一定の期間で月割りで均等償却すること
- Xら又はYが入居契約を解除し、契約締結から契約終了までの期間が上記の一定の償却の期間より短いときは、Yは、入居一時金のうち償却されていない部分をXらに返還すること
- 返還金の計算式は「入居一時金×(償却の期間月数-契約月数)÷償却の期間」とすること
なお、本件入居契約には上記一時金の他に月々の月額利用料の定めもある。
Xらは、本件入居契約締結後、間もなく、一時金を支払った。
X1は平成18年5月に、X2は同年7月に本件入居契約をそれぞれ解除し、入居一時金の一部が返還されたが、終身利用権金は返還されなかった。
そこで、一時金の全部または一部を返還しない旨の契約条項が消費者契約法9条及び10条に反しないかが裁判で争われた。
裁判所の判断
消費者契約法が適用されるか否かについて
- Xらは消費者契約法上の消費者に、Yは事業者にそれぞれ該当する
- 本件入居契約は消費者契約法上の消費者契約に該当する
終身利用権金について
本件入居契約の具体的な内容等について事実認定を行った上で、裁判所は以下のような判断をしました。
- 入居者が死亡するまで当該居室等を利用することができるというのであるから、入居者は、原則として退去を求められることのない安定した地位を確保することができる
- 一方、Yとしては、本件終身利用権金を納付して入居契約を締結した者については、終身にわたって本件老人ホームの居室等を利用させ、各種サービスを提供すべき者として扱い、このための準備を行うことになる
- 以上の事情及び終身利用権金という名称に照らすと、本件終身利用権金は、その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り、入居予定者が本件老人ホームの居室等を原則として終身にわたって利用し、各種サービスを受け得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり、被告が当該入居予定者に対して終身にわたって居室等を利用させるための準備に要する費用にも充てることが予定されているものというべき
本件終身利用権金は、「特段の事情」がない限り、入居予定者が本件老人ホームの居室等を原則として終身にわたって利用し、各種サービスを受け得る「地位を取得するための対価」と判断しています。
そのうえで、特段の事情の有無について以下のとおり判断し、本件終身利用権金は「地位の対価」であること判断しています。
- 別紙埼玉県有料老人ホーム一覧表記載の各有料老人ホームの入居金、月額利用料などに照らせば、本件終身利用権金が不相当に高額であるなどの特段の事情もうかがわれないから、本件終身利用権金は、Xらが本件老人ホームの居室等を原則として終身にわたって利用し、各種サービスを受け得る地位を取得するための対価であったものというべき
- 本件終身利用権金については、その納付後に入居契約が解除され、あるいは失効しても、その性質上Yはその返還義務を負うものではない
本件終身利用権金が「地位の対価」であるとすれば、すでにその権利・地位を得ている以上、返還は不要である考えられているようです。ただ、以下のように「権利・地位の対価」と考えることについては慎重でなければならないとう指摘もあります。
ある金銭を一定の「権利・地位の対価」とし、すでにその権利・地位を得ている以上、返還は不要であるとする判断は、判例上、額納金返還請求訴訟における入学金についてもみられるが、どの部分まで対価のついての反対給付が履行されており、返還不要といえるかは難しい問題であり、「権利・地位の対価」と解することは慎重でなければならない。
後藤巻則ほか『条解消費者三法(第2版)』157頁(弘文堂、2021)
以上から、そもそも法律上返還義務がないので、契約書に規定された終身利用権金を返還しないという条項は、法律上の結論と同じことを注意的に書いているだけであり、消費者契約法9条及び10条に反しないとこの裁判所は判断しています。
本件入居一時金について
この裁判所は諸般の事情について事実認定を行った上で、以下のように判断しています。
- 本件入居一時金の償却合意は、本件老人ホームの入居者の入居のための人的物的設備の維持等に係る諸費用の一部を補う目的、意義を有するものと解するのが相当である。
- 有料老人ホームの利用料の支払時期をどう定めるか(その全部又は一部を前払金として一括して受領するものかどうかを含む。)、その一部を前払金として一括して受領するものとした場合においてそれをどの程度の期間で償却するものとするかは、その設置者が経営に関する諸事情を踏まえて決定し得るものというべきであり、「入居一時金×(償却の期間月数-契約月数)÷償却の期間」という計算式による償却も、一概にそれを不当と断ずることはできない。
- 平成一八年の簡易生命表による八〇歳及び八五歳の同年の平均余命等を勘案しても、上記償却の期間が不当に短いとか埼玉県の前記指導指針から逸脱しているといった事情は認められないから、本件入居一時金の償却合意は、それが入居者の入居のための人的物的設備の維持等に係る諸費用として費消される前に入居契約が解除され、あるいは失効した場合には、費消されていない部分について被告がその返還義務を負うものと解される。
- 一方、本件入居一時金が費消された後に入居契約が解除され、あるいは失効しても、その性質上被告はその返還義務を負うものではない
以上のように判断し、本件入居一時金に関する条項は消費者契約法9条1号及び10条に反しないと結論づけています。
原告らは、本件入居一時金は、本件老人ホームにおける入居又は介護サービスの対価の前払といわざるを得ず、Yが償却可能なのは、平均余命に占める入居期間の割合に応じた金額が限度であるとし、平均余命に比して極めて短い償却の期間を定める本件入居一時金の償却合意は消費者契約法九条一号又は一〇条に違反するものとして無効であると主張していました。
しかし、上記の通り本件入居一時金の償却合意における上記償却の期間が不当に短い等の事情は認められないから、原告らの上記主張は、採用することができないと判断されています。