契約書のチェックをしていると「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」「事業者の責任は、最高金〇〇円に制限する」といったように、事業者の責任の一部を免除する規定を見かけることがあります。
消費者契約法が適用される消費者と事業者の間でこのような条項を定めた契約を締結した場合、そのような契約条項は果たして有効なのでしょうか。
消費者契約法8条1項2号による規制
この問題に関して、消費者契約法には以下のような規定があります。
消費者契約法
第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」という契約条項は、損害賠償責任を一定の限度に制限するもので、「消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除」するものに該当します。
ただし、この規定は「事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)」により消費者に生じた損害が生じた場合に適用される規定です。
ですので、軽過失の場合に、損害を賠償する責任の一部を免除する契約条項は、消費者契約法8条1項2号に違反しません。
「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」という契約条項の有効性
「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」という契約条項は、故意や過失の程度についてふれておらず、「事業者に故意・重過失がある債務不履行の場合でも損害賠償責任は〇〇円を限度とする」と解釈できる条項です。
この場合、条項全部が無効となってしまうのでしょうか。すなわち、条項全部が無効となることで、そもそもこの契約条項自体が存在しないこととなり、事業者に故意・重過失がない場合(軽過失しかない場合)にも、事業者は発生した損害について責任を負うことになるのでしょうか。
それとも、故意・重過失による責任の制限の限度で無効となり、軽過失の場合の損害賠償責任を制限する契約条項としては有効であると判断してもらえるのでしょうか。
どちらと考えるべきかについては争いがあります。以下では、条項全部が無効になるという説と故意・重過失による責任の制限の限度で無効となるという説の両方をご紹介します。
故意・重過失による責任の制限の限度で無効になるという説
事業者が債務不履行による損害賠償責任を負う場合で、事業者、その代表者又はその使用する者に故意又は重過失があっても損害賠償責任を制限する旨を解釈上含む条項(前記(3)に掲げる例を参照)であっても、事業者、その代表者又はその使用する者に故意又は重過失がない場合については、原則として無効にならず(ただし、法第10条や民法第90条に違反する場合は除く。)、事業者は損害賠償責任を制限することができる。
消費者庁消費者制度課『逐条解説消費者契約法(第4版)』248頁(商事法務、2019)
「前記(3)に掲げる例」で参照されている具体例の内容は「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」というものです。
この説によると、軽過失の場合「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」という契約条項は、消費者契約法第10条や民法第90条に違反する場合を除いて、原則として無効とならないことになり、責任が制限されることになります。
条項全部が無効となるという説
9条には一部無効を明確に規定するが、本条には無効に関する限定がないことや、できるだけ適正な条項の作成を事業者に促すという趣旨から、条項全部が無効になると解すべきであろう。
後藤巻則ほか『条解消費者三法(第2版)』117頁(弘文堂、2021)
この説によれば、条項全部が無効となる結果、責任は制限されず、事業者は発生した損害について責任を負うことになります。
なお、このような条項全部が無効となることを避けるために、サルベージ条項が規定される場合があります。サルベージ条項についてはその有効性について議論があります。別の記事で紹介していますので、関心のある方はそちらをご覧ください。
結論
以上の通り、「事業者の損害賠償責任は〇〇円を限度とする」という契約条項の有効性については争いがあります。
したがって、事業者側の立場に立って消費者契約法の適用がある契約を作成する際に、責任を制限する契約条項を設けるときは、故意・重過失の場合とそれ以外の場合を区別した形で作成すべきと考えられます。
また、その制限の内容についても、消費者契約法第10条や民法第90条に反しなように配慮すべきです。